[社説]EU統合の理念、今に生かせ
欧州連合(EU)創設を定めたマーストリヒト条約の発効から1日で30年となった。EUは共通通貨のユーロをうみだし、みずからのルールや規格を世界に広げる戦略で経済面での存在感を強めてきた。いまこそ統合の理念を世界の安定に生かしてほしい。
ドイツのコール元首相はかつて「ユーロとは戦争と平和の問題だ」と述べた。欧州の主権国家が統合に向かったもともとの理想は、戦争を防ぎ、平和を広げることにあった。
権威主義国家が台頭し、米国の指導力が衰えるいま、民主主義の旗振り役として欧州の役割がこれほど求められたことはない。
2度の世界大戦の背景には、欧州大陸におけるドイツとフランスの確執があった。両国は経済の利益を一致させることで、直面する問題を軍事的な手段ではなく、ルールや対話を通じて解決する仕組みをつくった。
EUの加盟国は27カ国にまで増え、足並みの乱れは否定できない。だがロシアによるウクライナ侵攻は、EUがふたたび結束を強めるきっかけとなった。
EUの執行機関である欧州委員会はウクライナの加盟交渉の開始を勧告した。停滞していた拡大プロセスが再起動する機運が高まっている。13年のクロアチア以来、新規加盟はなく、20年に英国が離脱した。いまはウクライナなど約10カ国が加盟を希望している。
ガバナンス改革による機能強化も検討され始めた。一部の国の反対で政策を決められなくなったことから全会一致の原則を一部見直そうという案が浮上する。権威主義に対抗し、開かれた市場や法の支配を守るうえで、EUの指導力が高まることに期待したい。
ユーロ危機の原因となった加盟国の格差はなお残っている。難民問題に揺れ、大衆迎合のポピュリズム政党の人気が高まっている現実は、民衆の内向き志向を映す。欧州の政治家はEUの理念が国益につながることを、有権者に粘り強く説明する責任がある。